夕飯のパターンは決めた。
4〜5種を回すだけにして、「今日何作ろう」は頭から消えた。
それでも、スーパーには行っていた。
ローテーションを回すために、肉と野菜を選んでいる。
決める回数は減った。でも、ゼロにはならなかった。
今回は、その残った判断を、食材宅配(Oisix)で減らせるか試した。
買い物には、まだ判断が残っていた
パターンを決めれば、献立は決まる。
でも「冷蔵庫に何が残っているか」「今日は何を足すか」は残る。
以前、冷蔵庫を確認せずに買い物に行って、カレーの日にカレーが作れなかったことがある。
在庫確認だけは、誰も自動化してくれなかった。
スーパーの棚の前で、「これでいいか」を小さく決め続けている。
ひとつひとつは軽い。でも毎回くる。
献立は固定した。買い物の判断は、まだ自分の手に残っていた。
食材が、献立ごと届くものを試した
Oisixのお試しセットを頼んでみた。
箱は、想像より大きい。冷蔵庫に無理やり押し込んだ。
中身は、夕食2日分のミールキット、デザート、温めるだけの惣菜、単品の野菜、ジュース。
自分では絶対に選ばないチーズのサラダも入っていた。
普段の自分の買い物には出てこない食材が、勝手に入ってくる。
お試しは、全部食べた。正直、普通にうまかった。
ひとつの玉ねぎが教えてくれたこと
キットだけで完結すると思っていた。
でも、玉ねぎが1個必要だった。
幸い、家に在庫があった。だから困らなかった。
そこで気づいた。
減ったのは「何を作るか」と、ほとんどの食材を選ぶこと。
残ったのは「玉ねぎ、あったかな」という確認だった。
問題は玉ねぎ代じゃない。
「確認する」という判断が、まだ残っていることだった。
消えたのは買い物じゃない。買い物の、大半だった。
なくすんじゃなく、編集していた
使ってみて、線引きが見えてきた。
キット・野菜・時短のものは、任せる。
牛乳・卵・水・日用品は、スーパーで買う。
牛乳と卵は、うちの近所のスーパーの方が安かった。倍くらい違う。
つまりこれは、買い物をゼロにするものじゃなかった。
どこを任せて、どこを自分でやるか。その線を引くものだった。
判断は消えていない。種類が変わった。
「何を買うか」から、「どこまで任せるか」へ。
俺の場合は、全部やめるんじゃなかった。任せる場所を決めることだった。
続けることにした
お試しを食べ切って、続けることにした。
うまかったから、だけじゃない。
夕方に「スーパーどうする」を考えなくてよくなったのが大きい。
保育園の迎えから帰ってきて、夕飯を考えなくていい日が増えた。
玄関を開けたときの頭が、少し軽い。
割高か、と言われれば、牛乳も卵も確かに高い。
でも払っているのは、食材の値段というより、減った判断の回数だ。
ただ、まだ「作る」は残っている。
キットを開けて、20分、自分の手で作っている。
そこはまだ、自動運転になっていない。
まとめ|また一つ、判断を手放した
献立を固定して、「何を作るか」を手放した。
今回の実験で、「何を買うか」の大半を手放した。
でも、作ることはまだ残っている。
一度で完成する設計はない。
残っていた判断を、また一つ減らした。それだけだ。
設計は、重ねるほど静かになる。
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