仕事から帰ると、息子がすぐに話しかけてくる。
でも、頭に入ってこなかった。
晩御飯の準備、皿洗い、風呂の準備。
帰宅後も判断は続いていた。
40代の脳は、その時点でもう空っぽに近い。
「うん、うん」と返しながら、息子の顔を見ていなかった。
自分が悪い父親なんじゃないかと、思っていた。
仕事後に、子どもの話を聞けない自分が嫌だった。
でも違った。
愛情が足りないのではなく、脳に余白がなかっただけだ。
考える時間を一つずつ手放していったら、変わった。
息子の声が、ちゃんと届くようになった。
帰宅して、息子が話しかけてくる。でも頭に入ってこない
トラックで走り続けた後の頭は、帰宅してもまだ動いている。
玄関を開けると、息子が駆け寄ってくる。
「パパ、今日ね、」と何かを話し始める。
俺はそのまま台所に向かう。
今日の晩御飯、何にするかを考えながら。
献立が浮かばなければ、袋を開けながら考える。
米を炊いて、味噌汁の具を確認して、洗い物を片付ける。
気づくと息子はリビングでひとりで遊んでいた。
「さっきの話、なんだったっけ」と思うことがあった。
もう終わっていた。
一緒にいる時間は確保していた。
でも、頭がそこにある時間は、ほとんどなかった。
脳が雑務に使われていると、目の前の人間が遠くなる。
聞けないのは、愛情の問題じゃなかった
「もっと子どもと向き合わないと」
そういう言葉を、一度は自分に言い聞かせたことがある。
俺もそうだった。
気持ちが向かないのは、愛情が足りないからだと思っていた。
でも違った。
帰宅後の脳は、すでに1日分の判断を終えていた。
仕事中の判断、帰り道の運転、帰宅後の家事。
それだけで、脳の余白はほぼゼロだった。
余白がない状態では、目の前のことに反応できない。
聞こうとしていないのではなく、聞く容量が残っていなかった。
愛情の問題じゃなかった。
構造の問題だった。
判断を減らすことが、子どもへの投資だ。
子育てと脳疲労。帰宅後の「考える時間」を3つ手放した
聞けない原因が「余白の枯渇」だとわかってから、帰宅後の設計を変えた。
夕食をパターン固定にした
「今日何食べたい?」をやめた。
曜日ごとに大まかなメニューを決めて、迷わないようにした。
献立を考える時間が、そのまま消えた。
息子に「今日カレーだよ」と伝えれば、それで終わる。
帰宅後の最初の判断がなくなっただけで、脳の消耗が減った。
帰宅後のスマホ通知を切った
帰ってきてもスマホを見ていた。
LINEの返信、ニュース、なんとなくのSNS。
意識していなくても、脳の一部が外に持っていかれていた。
通知を切ると、家の中だけに意識が向くようになった。
夜のルーティンを固定した
風呂に入れる、歯を磨く、絵本を読む。
息子との夜の流れを決めておくと、何をするか考えなくて済む。
考えなくていい時間は、余白をそのまま残してくれる。
設計が変わると、脳の使い道が変わる。
余白ができたら、息子の話を聞けるようになった
帰宅後の判断を減らしてから、何かが変わった。
息子が「今日ね、保育園で」と話し始めたとき、
俺は台所を向いていなかった。
顔を見ていた。
「それでどうなったの」と、自分から聞いていた。
以前は出てこなかった言葉だ。
息子がうれしそうに話し続けた。
俺はそれをちゃんと聞いていた。
何かを意識して変えたわけじゃない。
余白ができたら、自然にそうなっていた。
脳に余白があると、人の話が体に入ってくる。
それが、実感だった。
聞けるようになったのは、努力じゃなく設計の結果だった。
機嫌よく帰ることが、一番の育児だった
子育てで大事なことを考えていた時期がある。
勉強を見てやること、一緒に遊ぶこと、話を聞くこと。
いろいろ浮かんだ。
今は、機嫌よく帰ることだと思っている。
機嫌がいい状態で玄関を開ければ、声が穏やかになる。
余白がある状態でいれば、息子の話が届く。
判断疲れが少なければ、一緒にいる時間の質が変わる。
「もっと向き合わないと」と思っていたとき、何も変わらなかった。
設計を変えてから、向き合えるようになった。
父親として頑張るより、脳の余白を守る方が先だった。
本記事と合わせて読みたい:
・40代の疲れが取れないのは脳が終業していないから
・子育てと判断疲れ。夕食を親が決めたら家が静かになった
・機嫌がいい日と悪い日の、たった一個の違い。
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