90キロ目前で、犬と歩くことにした。頭じゃなく体が軽くなった話

脳の休ませ方

90キロ目前だった。
体重計に乗って、それだけはっきりわかった。
トラックドライバーとして一日の大半を運転席で過ごす40代の俺に、運動不足の自覚はあった。
でも「痩せたい」という気持ちだけでは、何も変わらなかった。

変わったきっかけは、体重の数字じゃない。
散歩に出た日と出なかった日で、足の重さが違うと気づいたことだった。

一人で歩くのは、たぶん続かなかった。
犬がいたから、外に出られた。
運動不足を変えるきっかけは、犬の散歩だった。

散歩をした日としない日で、体の違いがわかるようになった

散歩をした日の夜は、座り方が違う。
ソファに深く沈み込まず、少し浅く座っていられる。
散歩をしなかった日は、足の裏の方から重さがじわじわ上がってくる感じがある。

最初はただの気のせいだと思っていた。
体重も測っていないし、記録もつけていない。
それでも何日か続けて比べているうちに、はっきりわかるようになった。

歩いた日と歩かない日、体は正直だった。

運動不足の自覚は、前からあった。
でも自覚があるのと、体感でわかるのは別物だった。
足の重さという、ただそれだけのことが、続ける理由になった。

きついとか、疲れたとか、そういう話じゃない。
量の問題でもない。
ただ、違いがあるという実感だけ。

一日運転席に座っていると、足が重くなる

トラックドライバーという仕事柄、一日の大半を運転席で過ごしている。
6〜8時間、ほとんど同じ姿勢のままだ。
車を降りるのは、荷降ろしと休憩のときくらいしかない。

歩いた距離を計ったことはないが、大した距離じゃないとわかっている。
体を動かしていないのに、疲れていないわけじゃない。
帰る頃には、足が重い。

むくみとも違う、鈍い重さが下半身にたまっている感じがする。
座っているだけなのに、足はちゃんと疲れていた。

座っているだけで消耗する、静かな疲れ。

運動不足だという自覚は、ずっとあった。
でも「運動しなきゃ」と思っても、体は動かなかった。
仕事終わりに、わざわざ運動をする気力は残っていなかった。
足が重いという感覚だけが、はっきり残っていた。

体だけでなく、頭の疲れが残る日についても書いた。
40代の疲れが取れないのは脳が終業していないから

40代の運動不足に気づいたのは、90キロ目前だった

体重計に乗ったとき、90キロ目前の数字が出た。
40代になってから、少しずつ増えていた自覚はあった。
それでも、数字として見るとやばいと思った。

痩せようと決めたわけじゃない。
ただ、このままだとまずいという感覚だけがあった。
ダイエットのやり方を調べる気にもなれなかった。
カロリーだの糖質だの、そういう情報を追いかける元気もなかった。

数字に驚いただけで、何かが変わったわけじゃなかった。

危機感だけでは、体は動かない。
きっかけと行動のあいだにある、遠い距離。

そこにあったのが、犬だった。
散歩は、もともと犬のためのものだった。
自分の体のために始めたわけじゃない。

一人では続かない。犬となら、ちょうどよかった

一人で歩こうとしたことは、何度もある。
でも大抵、数日でやめていた。
理由をつければいくらでもやめられる。
雨が降った、疲れている、明日でいい。

一人だと寂しいというのも、正直あった。
黙って歩くだけの時間を、自分のためだけに作る気になれなかった。

犬の散歩は、義務だった。
連れていかなきゃという理由が、外に出る力になった。
夕方、飯を食う前に、とりあえず外に出る。
それだけで十分だった。

自分のためだけだったら、たぶん続かなかった。
一人の意志より強い、犬との約束。

痩せるためでも、健康のためでもない。
犬が歩きたそうにしているから、外に出る。
それだけの理由が、一番続いた。

毎日じゃない。
気が向いたときだけ、歩けばいい。
それでも、月の半分以上は歩いている。

頭じゃなく、体が軽くなった

散歩から帰ると、足の重さが違う。
それに気づいてから、体重計にはあまり乗らなくなった。
90キロという数字が、今どうなっているかは正直わからない。

痩せようとしたわけじゃない。
ただ、足が重い日と軽い日があることに気づいただけだった。
それだけで、犬と歩く理由には十分だった。

体を変えようとしたんじゃない。
ただの、重さへの気づき。

40代になって、体の変化に鈍くなっていたのかもしれない。
散歩は、その鈍さに気づく時間になった。

数字を追いかけるのはやめた。
今日、足が軽いか重いか。
それだけを見ている。

犬と歩くことで頭が片づいた話も、別の記事で書いた。
犬の散歩のとき、頭が片づく

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