帰宅して、夕食を作る。
その横でYouTubeを流している。
本を開く前から、今日は読めないなと思う夜がある。
無理に静かな時間を作っても、目が文章を追わない。
疲れて本が読めない夜がある
長時間運転した日。
仕事で考えることが多かった日。
疲れて、少しイライラしている日。
そういう夜は、本を開いても進まない。
1章だけ読んで、そこで止まる。
文字は読める。でも、その先を受け取る場所が残っていない。
以前は、帰宅後に本を読むことが普通だった。
読めない夜があると、せっかくの時間を使えていない気がした。
本を開く気になれない自分を、少しもったいなく思っていた。
昔は酔っていても読めた。でも今は1章で止まる
昔は、酔っていても本を読めた。
それでも話が頭に入ったし、次の章も開けた。
今は違う。
お酒を飲んだあとも、仕事で疲れたあとも、本を読む気にならない日がある。
読めたとしても、1章で止まる。
年齢のせいだと決めているわけではない。
ただ、昔と同じようにはいかない日がある。
読めない夜があっても、読書をやめたことにはしない。
その夜は、目を使う余裕がないだけかもしれない。
読めない夜に、読書を続けるのをやめた
本を読むのは好きだ。
だから、読めない夜が続くと少し焦る。
でも、本を開いて止まるたびに、続きを読もうとするのはやめた。
読めない日にまで、読書を押し込む必要はなかった。
読書を諦めたわけではない。
読める時間に読む。
読めない時間には、別の入口を使う。
その方が、本を読まなかった夜にも変な後味が残らない。
できなかったことを数えるより、そのときに入ってくるものを選ぶだけでよかった。
運転は音楽、家事はYouTube、散歩は音だけ
運転中は、音楽を流している。
無音より、運転に集中しやすいと感じる。
帰宅後、夕食を作るときや家事をするときは、YouTubeを流す。
家にいるから、画面も見る。
手を動かしながら、話を聞いたり、映像を見たりする。
犬の散歩では、画面は見ない。
YouTubeを音だけで聴く。
犬の歩く速さに合わせて、話が耳に入ってくる。
無音のときより、散歩が少し楽しくなった。
同じ音でも、使う場面は違う。
運転では音楽。
家事ではYouTube。
散歩では、画面を見ない音だけのYouTube。
何を聴くかより、そのときに目を使えるかで決めている。
その時間に合う入力へ切り替える
疲れた夜に、本を読めない日がある。
それで、読書が嫌いになったわけではない。
その時間には、その時間に合う入口がある。
目で追えないなら、耳から入れる。
画面を見られないなら、音だけにする。
本を読めなかったからといって、その夜が無駄になるわけではない。
読めない時間には、読まない。
目を使えないなら、耳へ変える。
疲れた日は、その日の自分に合う入口へ、静かに切り替えればいい。
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