夜9時以降、スマホを置くようになった。40代が「やめる」を選んだ理由

脳の休ませ方

40代になってから、夜にスマホをやめることを決めた。

きっかけは大した理由じゃない。
眠れなかった。疲れているのに、眠れなかった。

夜になると、やめたいのにスマホを触ってしまう。
そんな人は多いと思う。
その感覚の話をしようと思う。


夜のスマホは、消耗だと気づいていなかった

帰宅して、飯を食って、息子を風呂に入れて、寝かしつけ。
それが終わると、22時前後だ。

ようやく自分の時間になる。
ソファに座って、スマホを開く。

これが当たり前だった。

X(旧Twitter)のタイムライン。
Youtubeの関連動画。
LINEの返信。
ニュースアプリ。
気づいたら0時を過ぎていた。

「やっていた」というより「開いたら終わっていた」に近い。

疲れているはずなのに眠れない夜が続いた。
横になっても頭が止まらない。
布団の中でもスマホを開いて、また何かを見ていた。

消耗しているという感覚すらなかった。
それが消耗だった。


「放電を止める」という発想に出会った

長距離トラックの運転をしていたとき、6時間誰とも話さない日があった。

ラジオもなし、スマホもなし。
ただ走るだけの時間。

あのとき頭が静かになった感覚は、今でも覚えている。

あれは「充電」じゃなかった。
反応するのをやめた時間だった。

長距離トラックで6時間一人でいると、頭が静かになることに気づいた

この記事を書いたあと、気づいた。

夜のスマホは「反応」の連続だ。
何かを見るたびに、脳が小さく反応している。
おもしろい・怖い・共感・イライラ。
その積み重ねが、眠れない夜を作っていた。

「スマホ脳疲労」という言葉を後から知った。
でもそれより先に、体で知っていた気がする。


俺がやったこと。9時以降の設計

やめ方は単純だ。

9時以降は寝室に持ち込まない、それだけ。

充電器をリビングに移した。
寝室に持ち込まない設計にした。

最初の3日は落ち着かなかった。
何かを確認しないと不安な感じがあった。

でも1週間もすると、その感覚はかなり薄くなった。
10日経つ頃には「確認しなくていいか」に変わっていた。

スマホを置いた夜にやることを先に決めた。

  • 本を開く(読まなくてもいい。ページをめくるだけでいい)
  • お茶を飲む
  • 翌日の仕事のことを5分考える

これだけだ。
大それた「デジタルデトックス」じゃない。
置く場所を変えた、それだけの話だ。


変わったこと

眠れるようになった。

「ぐっすり眠れるようになった」とは言えない。
でも布団に入ったあと、頭が止まるまでの時間が短くなった

以前は横になっても「さっき見たニュース」「あのリプライ気になる」が続いた。
今は、横になったらわりとすぐ眠い。

脳が、夜の終わりを学習しはじめた気がする。

もうひとつ変わったのは、夜の時間が「自分のもの」に戻った感覚だ。

スマホを持っていると、常に「外」とつながっている。
誰かの投稿、誰かの感情、誰かの出来事。
疲れているのに、ずっと外を向いていた。

置くだけで、部屋が少し静かになった。


よくある「でも」への答え

「緊急の連絡が来たら?」

正直、夜9時以降に緊急の連絡は来ない。
来たとしても、翌朝に対応できることがほとんどだ。
「即レスしなきゃ」という感覚が、スマホを手放せない理由のひとつになっている。

「暇をどう埋めればいいか」

埋めなくていい。
何もしない時間があっていい。
暇が怖いのも、ずっと反応し続けてきた名残だと思う。

「最初の数日が無理すぎる」

わかる。
俺も3日は落ち着かなかった。
1週間だけやってみてほしい。
「慣れる」ではなく「そっちが普通になる」感覚になる。


「意図して作る無反応の時間」が、夜の設計になった

長距離トラックの運転では、無反応の時間は勝手に作られた。
走るしかないから。

でも日常では、誰も作ってくれない。
自分で設計しないと、夜が反応で埋まる。

スマホを置く、という行為は小さい。
でもそれは「今日の反応はここで終わり」という宣言でもある。

まだ完璧にできているわけじゃない。
週に1〜2回は気づいたら0時になっている。

それでも、置く夜の方が増えた。

40代の夜に必要なのは、
新しい刺激じゃない。

反応をやめる時間だ。


 

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