長距離トラックで6時間一人でいると、頭が静かになることに気づいた

脳の休ませ方

長距離をやっていた頃、夜中の3時に国道を走っていた。

助手席には誰もいない。
スマホはドアポケットの中。
前方には暗い道と反射板だけ。

その時間、頭が妙に静かだった。


孤独は、消耗じゃなかった

6時間、一人でいる。

最初は「孤独な仕事だ」と思っていた。
でも走り続けるうちに、それが逆だと気づいた。

家に帰ると脳が消耗する。
トラックの中では脳が回復する。

その逆転に気づくのに、何年もかかった。


家にいると、脳が休まらない理由

帰宅すると、何かが始まる。

スマホの通知が来る。
ニュースが流れてくる。
息子が話しかけてくる。
妻から何かを頼まれる。

一つひとつは小さい。
でも脳はその都度、反応している。

何かを見る。何かを判断する。何かに答える。

「休んでいるはずなのに疲れている」夜が、それだ。

脳は、刺激に反応し続けているときは休めない。


トラックの中で起きていたこと

やることが「運転」だけだった。

ルートは決まっている。
判断は少ない。
反応する相手がいない。

だから頭の別の部分が、静かに動き始めた。

「いつか考えないと」と先送りにしていたことが、勝手に浮かんでくる。
答えが出るわけじゃない。
でも整理される感覚があった。

夜中の4時ごろ、「あ、そういうことか」となる瞬間があった。

考えをまとめようとして走っていたわけじゃない。
荷物を届けるために走っていた。
頭が静かになったのは、副産物だ。

脳疲労を回復する方法を探していたわけではない。
でも今思うと、あの6時間は「一人の時間」が自然に確保されていた。


40代の脳に必要なのは、「無反応の時間」だと思う

情報は増えた。
通知は増えた。
選択肢も増えた。

40代になると、それに加えて仕事の責任・家族の判断・お金の設計が重なってくる。

脳がずっと何かに反応し続けている状態が、デフォルトになっている。

孤独は怖いものじゃない。
「反応しなくていい時間」だ。

充電というより、放電を止める時間。

それが6時間あった。


地元に転換してから、その時間が消えた

帰る時間が増えた。
息子の寝顔を毎日見られるようになった。
それは本当によかった。

ただ、気づいたことがある。

「誰にも反応しなくていい時間」が、どこかへ消えた。

代わりに何があるかというと、なんとなくスマホを見ている夜がある。
それは充電になっていない。


今、意図して作ろうとしている

走れないなら、別の方法を探している。

息子が寝た後の30分。
早起きして誰もいない朝。
運転中でも、あえて音楽をかけない時間。

まだうまくいっていない。

ただ、一つだけわかった。

「頭が静かになる時間」は、意図して作らないと存在しない。
長距離をやっていた頃は、仕事の構造の中にそれがあった。
今は自分で設計しないといけない。


孤独が怖い時代に、孤独が必要になるとは思っていなかった。

 


note「トラックの中で、俺はずっと考えていた」

 

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