40代がChatGPTを暮らしに入れた。AIを「考えない設計」に使った話

脳の休ませ方

AIを使い始めたのは、去年の秋ごろだった。

きっかけは大したことじゃない。
同じことを毎回考えていることに、気づいただけだ。


トラックドライバーをやっていると、判断が多い。
ルートを決める。荷物の積み方を考える。時間を逆算する。
それ自体は慣れた仕事だ。

問題は、帰ってからも同じことが続くことだった。

夕食のメニューを考える。
息子(3歳)の週末の予定を考える。
翌月の積立額を見直すかどうかを考える。

頭を使っている感覚はないのに、夜になると妙に疲れていた。
「判断が多いんじゃないか」と気づいたのは、しばらく経ってからだ。


最初にAIに頼んだのは、ホットクックのレシピ管理だった。

週の献立をパターン化したかった。
冷蔵庫に何があるかを入力して、「今週の5パターン」を出してもらう。
それだけで、「今日何作るか」という判断がなくなった。

毎回考えていたことが、仕組みになった。

ChatGPTの使い方というと仕事や副業のイメージが強い。
でも自分の場合は違った。
家事や暮らしの判断を減らすために使い始めた。


次に、このブログの骨格作りに使い始めた。

「こういうテーマで書きたい」を話しかける。
返ってくるのは構成案だ。
採用するかどうかは自分で決める。

書く量が増えたわけじゃない。
「何を書くか」を考える時間が減った。


今やっている使い方は、こんな感じだ。

  • 週の献立パターンを更新する
  • 記事の骨格を出してもらう
  • 息子の誕生日プレゼント案を絞ってもらう
  • 積立の見直し案を数字に起こしてもらう

全部、「考えなくていい」に変えていくための使い方だ。

息子の誕生日プレゼントもそうだ。
「3歳・予算5000円・外遊びが好き」と入れると候補が出てくる。
最後に選ぶのは自分だ。
でもゼロから考える必要はなくなった。

効率化じゃない。
思考の外注だ。


「AIを使いこなせていますか」と聞かれたら、たぶん違う。

プロンプトを研究したことはないし、ChatGPTとClaudeの違いもよくわかっていない。
最近はClaudeをメインで使っているが、それも「なんとなく合う」という理由だ。

ただ、「考える回数が減った」という手応えはある。


一つだけ気づいたことがある。

AIを使っても疲れない日と、疲れる日がある。
違いは何かというと、「AIを使って何かを増やそうとしているか」だった。

記事を増やそう、収入を増やそう、できることを増やそう。
そういう使い方をした日は、夜になっても頭が止まらない。

「減らすために使う」日は、夜が静かだ。


40代がAIを使い始めるとき、「何に使えるか」を考えると思う。
俺も最初はそうだった。

でも今は少し違う問いで使っている。

「これを考えなくていいようにできないか」

それだけだ。

 


 

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