AIを使い始めたのは、去年の秋ごろだった。
きっかけは大したことじゃない。
同じことを毎回考えていることに、気づいただけだ。
トラックドライバーをやっていると、判断が多い。
ルートを決める。荷物の積み方を考える。時間を逆算する。
それ自体は慣れた仕事だ。
問題は、帰ってからも同じことが続くことだった。
夕食のメニューを考える。
息子(3歳)の週末の予定を考える。
翌月の積立額を見直すかどうかを考える。
頭を使っている感覚はないのに、夜になると妙に疲れていた。
「判断が多いんじゃないか」と気づいたのは、しばらく経ってからだ。
最初にAIに頼んだのは、ホットクックのレシピ管理だった。
週の献立をパターン化したかった。
冷蔵庫に何があるかを入力して、「今週の5パターン」を出してもらう。
それだけで、「今日何作るか」という判断がなくなった。
毎回考えていたことが、仕組みになった。
ChatGPTの使い方というと仕事や副業のイメージが強い。
でも自分の場合は違った。
家事や暮らしの判断を減らすために使い始めた。
次に、このブログの骨格作りに使い始めた。
「こういうテーマで書きたい」を話しかける。
返ってくるのは構成案だ。
採用するかどうかは自分で決める。
書く量が増えたわけじゃない。
「何を書くか」を考える時間が減った。
今やっている使い方は、こんな感じだ。
- 週の献立パターンを更新する
- 記事の骨格を出してもらう
- 息子の誕生日プレゼント案を絞ってもらう
- 積立の見直し案を数字に起こしてもらう
全部、「考えなくていい」に変えていくための使い方だ。
息子の誕生日プレゼントもそうだ。
「3歳・予算5000円・外遊びが好き」と入れると候補が出てくる。
最後に選ぶのは自分だ。
でもゼロから考える必要はなくなった。
効率化じゃない。
思考の外注だ。
「AIを使いこなせていますか」と聞かれたら、たぶん違う。
プロンプトを研究したことはないし、ChatGPTとClaudeの違いもよくわかっていない。
最近はClaudeをメインで使っているが、それも「なんとなく合う」という理由だ。
ただ、「考える回数が減った」という手応えはある。
一つだけ気づいたことがある。
AIを使っても疲れない日と、疲れる日がある。
違いは何かというと、「AIを使って何かを増やそうとしているか」だった。
記事を増やそう、収入を増やそう、できることを増やそう。
そういう使い方をした日は、夜になっても頭が止まらない。
「減らすために使う」日は、夜が静かだ。
40代がAIを使い始めるとき、「何に使えるか」を考えると思う。
俺も最初はそうだった。
でも今は少し違う問いで使っている。
「これを考えなくていいようにできないか」
それだけだ。
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