昼間の15分で脳をリセットした。仕事の合間に「考えない時間」を作った話

脳の休ませ方

昼休みが終わるころ、もう頭が疲れていた。
午前中の仕事はちゃんとこなしたはずなのに、午後になると頭が重い。
仕事中に疲れる感覚は、体より先に頭に来る。
40代になってから、この感覚が増えた気がする。

夜の対策は、いろいろやってきた。
スマホを置く時間を決めた。通知も切った。
それでも、昼間の疲れだけは残ったままだった。

夜だけ休んでも、足りない日がある。
そのことに気づいたのは、運転中だった。

俺が一人でハンドルを握っている時間、頭が静かになる瞬間がある。
それを、仕事の合間の15分に持ち込んでみた。
特別なことは、何もしていない。


昼休みが終わる頃には、もう脳が疲れていた

午前中の仕事は、ちゃんとこなしている。
なのに午後になると、頭の奥が重くなる。
仕事中に疲れる感覚は、体より先に頭に来る。

40代になってから、この重さが増えた気がする。
若い頃は昼休みにご飯を食べれば、それで午後は動けた。
今は、それだけでは足りない日がある。

脳疲労という言葉を知ったのは、最近だ。
体の疲れじゃない。
判断を重ねた頭の疲れだと知って、腑に落ちた。

脳疲労という感覚のもとは、こちらでも書いた → 40代の疲れが取れないのは脳が終業していないから

配達先の順番、時間の調整、荷物の確認。
一つひとつは小さい判断だ。
それでも午前中だけで、いくつも積み重なっている。

昼休みが終わる頃、もう次の判断をする準備ができていない。
そういう日が、月に何度もある。
以前は「気合いが足りない」とだけ思っていた。

そういう日の午後は、些細なことで苛立つ。
荷物の積み方を一度で決められず、二度同じ場所を見に行ったりする。
体の疲れじゃない。頭の、判断疲れ。


なぜ「夜だけ休む」では足りなかったのか

夜の対策は、いろいろやってきた。
スマホを置く時間を決めた。
通知も、必要なものだけ残して切った。

夜の設計を変えてから、眠りは楽になった。
それでも、昼間の疲れだけは別だった。

考えてみれば当たり前だ。
疲れは、夜になってから溜まるわけじゃない。
午前中から少しずつ積み上がって、午後には満タンになっている。

夜にどれだけ整えても、昼間に空にする時間がなければ、また同じところまで溜まる。
そのことに、しばらく気づかなかった。

夜だけ完璧に整えた日でも、次の日の午後にはまた同じ重さが戻ってくる。
夜の設計と、昼の設計は、別物として考える必要があった。

よく眠れた日の翌日、昼過ぎにまた頭が重くなったことがある。
夜さえ整えれば大丈夫だと思っていたぶん、あの日は少し戸惑った。
足りなかったのは、睡眠時間じゃない。昼間に、頭を空にする時間。


運転中、頭が静かになる15分に気づいた

長距離トラックに乗っていた頃、6時間一人で運転する時間があった。
誰とも話さない。
ただハンドルを握って、前を見ているだけの時間だ。

あの6時間の静けさについては、こちらに詳しく書いた → 長距離トラックで6時間一人でいると、頭が静かになることに気づいた

その6時間の途中、頭が急に静かになる瞬間があった。
考え事をしていたはずなのに、いつの間にか何も考えていない。
運転という単純作業だけが続いていた。

今は三重県四日市市の地元配送に変わって、あの6時間はもうない。
それでも、あの静けさの感覚だけは覚えている。

俺は、あの静けさを今の仕事にも持ち込めないかと思った。
6時間は無理でも、15分ならある。

昼食を終えたあと、椅子に座ったまま、少しだけ目を瞑ってみた。
運転中と同じ静けさが、少しだけ戻ってきた。

最初は、ただの気休めだと思っていた。
数日続けてみて、午後の重さが違うことに気づいた。
同じ「目を瞑る」、それだけ。それなのに、効き方が違った。


昼食後の15分でやっていること

俺がやっていることは、大したことじゃない。
昼休みの残り15分を、スマホを見る時間ではなく、目を瞑る時間に変えた。
昼食を終えたあと、車内の運転席に座ったまま目を瞑るだけだ。

エンジンは切る。
ラジオも消す。
スマホは見ない位置に置く。
音と光を減らすだけで、頭の中の情報量がかなり減る。

寝たいわけじゃない。
というより、寝たくても寝れない。
15分程度で、深く眠れるほどの時間じゃないからだ。

それでも、目を瞑っているだけで休憩になっている。
光を遮って、画面を見ないというだけで、頭が一段静かになる。

眠れなくていい、と気づいてから楽になった。
眠ることが目的じゃない。
15分、頭に何も入れない時間を作ることが目的だった。

本気で回復させようとしなくていい。
目を瞑るだけで、十分だった。

タイマーだけはセットしている。
15分経ったら、それで終わり。
だらだら延ばさないようにしている。

タイマーが鳴って目を開けたとき、頭の中が一度リセットされている感覚がある。
眠った感覚はない。
それでも、午前中の判断の残りカスみたいなものが消えている。

午後の仕事に戻ったとき、さっきまでの重さがない。
15分前と同じ体のはずなのに、頭だけ軽くなっている。
頭の中の、リセット。


日中に一度、脳を止める時間を作る

夜だけ整えても、昼間の疲れは残る。
それに気づいてから、昼にも小さな休憩を挟むようになった。

15分、目を瞑るだけ。
寝れなくてもいい。
それだけで、午後の重さが少し変わる。

完璧に休憩を設計する必要はない。
何もしない15分を、1回作れただけでいい。

頭が軽い日は、家に帰ってからも違う。
息子が話しかけてきたことに、素直に「うん」と返せる。
午後の重さを持ち越さないだけで、夜の機嫌まで変わっていた。

考えない15分が、夜の機嫌まで少しだけ守ってくれる。

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