家族のために、長距離を選んでいた。
稼ぎが多い方が、家族のためになると思っていた。
でも帰ると、疲れていた。
玄関を開けても、頭がまだ仕事の中にあった。
機嫌が悪かった。
稼いでいるのに、家庭の空気がよくならなかった。
長距離をやめた。収入が下がった。
それでも、何かが変わった気がした。
家族が欲しかったのは、稼ぎだけじゃなかったのかもしれない。
家族のために長距離を選んでいた
トラックの仕事は、距離が長いほど稼ぎが増える。
単純な話だ。
長距離を選べば、手取りが上がる。
「家族のためだ」と思っていた。
息子が生まれた年、長距離に切り替えた。
妻には「稼いでくる」と言った。
家族が増えた分、出ていくお金も増えた。
教育費、保険、住宅ローン。
数字を並べると、稼ぎが足りない気がした。
だから走った。
夜中まで走った。
翌朝また出発した。
「稼ぐ=家族への貢献」という式が、頭の中に刷り込まれていた。
でも帰宅すると、機嫌が悪かった
長距離から帰ると、頭がまだ走っている。
渋滞のこと、荷物の積み方、明日のルート。
玄関を開けても、スイッチが切れない。
息子が走り寄ってくる。
妻が「おかえり」と言う。
でも俺は、ただ疲れていた。
ソファに座って、動けなかった。
息子の話を聞いているようで、聞けていなかった。
妻の顔を見る余裕がなかった。
機嫌が悪かったわけじゃない。
ただ、もう何も残っていなかった。
でも、傍から見れば同じことだ。
稼いできた。
それは本当のことだ。
でも帰宅した俺は、空っぽだった。
家庭の空気が、じわじわ重くなっていた気がした。
長距離をやめた。稼ぎより頭の静けさを取った
ある時期から、体より先に頭が限界になっていた。
走っている間じゅう、何かを考えていた。
帰り道も、着いてからも、考えが止まらなかった。
「このまま続けるのか」と思った。
長距離をやめた。
収入は下がった。
それは正直に言う。
後悔がないと言えば、嘘になる。
給料日には、前の方がよかったと思う日もある。
でも、玄関を開けたときの自分を見れば、戻りたいとは思わなかった。
でも、計算した。
稼ぎが減る分と、消耗し続ける分を並べたとき、どちらが怖いか。
答えは出ていた。
やめる決断は、怠けたわけじゃない。
頭の静けさを取るための、設計の話だった。
稼ぐための体力は、頭が静かじゃないと続かない。
そこに気づいたとき、長距離は選べなくなっていた。
機嫌よく帰れるようになった
長距離をやめてから、帰り道が変わった。
頭の中に、仕事の続きがない。
今日の荷物も、明日のルートも、玄関の前に置いてこられる。
息子が走ってくる。
「おかえり」と言われたとき、顔を見られるようになった。
それだけのことだった。
特別なことは何もしていない。
ただ、空っぽじゃない状態で帰れるようになった。
家族の空気が変わった気がした。
正確には、俺が変わったから、空気が変わったんだと思う。
妻は何も言わなかった。
でも、何かが違うのはわかっていたはずだ。
機嫌よく帰る。
それだけで、玄関の重さが消えた。
稼ぐ金額より、帰ったときの状態の方が大事だった
収入が下がった事実は変わらない。
でも、何かが更新された。
「家族のために稼ぐ」という式が、少しずれた。
家族が欲しかったのは、稼ぎだけじゃなかった。
機嫌よく帰ってくる俺だったのかもしれない。
息子はお金の額を知らない。
妻も、通帳の数字より先に、俺の顔を見ている。
稼ぐことは大事だ。
それは今も思っている。
でも、帰宅したときの自分の状態が、稼ぎと同じくらい家族に届いている。
そのことに、長距離をやめてから気づいた。
「家族のために」という言葉は、稼ぎだけを指していなかった。
機嫌よく帰ること。
それも、家族へのひとつの返し方だった。
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