長距離をやめた。稼ぎより、頭の静けさを取った

脳の休ませ方

長距離トラックの仕事を、やめた。
稼げる仕事だった。
それでも、毎日家に帰るほうを選んだ。

長距離は、数字では正解だった

長距離は、給料がいい。
走った分だけ、数字になる。
でも、家にはいない。
何日も帰らない。

走っている時間は、むしろ静かだった。
ひとりで、誰とも話さない。
運転中に考えがまとまる話は、前にも書いた。
(→ 長距離トラックで6時間一人でいると、頭が静かになる
でも今回は、その逆だ。

問題は、走っていない時間だった。
次の便。高速の渋滞。積み込みの時間。
体は止まっても、頭のどこかは止まらない。

稼ぎは、家にいない時間と引き換えだった。

やめる、と決めた

きっかけは、体だった。
半年、夜勤を続けた。
そのうち、腰が痛くなった。

朝起きると、腰が重い。
数字では、長距離が正解なのは分かっていた。
でも、体のほうが先に音を上げた。

頭で選ぶ前に、体が決めていた。

手取りは、下がった

地元勤務に変えれば、給料は下がる。
いくら減るのか、正確には分からなかった。
聞いた話だと、月5万。

正直、痛い。

ただ、長距離のときは、サービスエリアやコンビニで毎月3万くらい使っていた。
缶コーヒー。弁当。夜中の、何か。
家に帰れば、それがほとんど消える。

5万減って、3万浮く。
そう考えたら、思っていたほどの差じゃなかった。

減った給料の半分以上は、もともと自分で使っていた金だった。

夜、家にいるようになった

今は、毎日家に帰る。
息子が起きている時間に、家にいる。
風呂に入れて、寝かしつける。
息子の寝る前の声が、家の中にある。
それだけで、遠くを走っていた頃とは違った。

それだけのことだ。
でも、それだけのことが、長いことできなかった。

夜、家にいると、頭の常時稼働が止まる。
明日の便も、渋滞も、もう考えなくていい。

帰る家がある、じゃなかった。
帰れる夜がある、だった。

静けさは、設計だった

給料を、少し手放した。
代わりに、静けさを取った。

どっちが得かは、数字じゃ出ない。
ただ、腰の痛みは引いて、夜は家にいる。
俺には、それで十分だった。


 

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